By The Day


”距離化”の産物

Anthony Downs という政治学者が残した功績は数知れないがDownsの功績の中でも、僕はやはり普遍化に最も適していると思う”ダウンズ均衡”がベストであると思う。Downsの”均衡モデル”のすばらしいところは、各Voterが合理的であることを前提とし、政党の政策と自分の理想との”距離化”を行うと考えたことである。

この”距離化”というのは実に画期的で、今まで数値的にしか距離を相対化できなかった領域を位置によって距離化をしてしまったのである。さらにこれは”二大政党における政策設定ポイント”という極めて政治的なトピックを突破して日常の様々なことに該当・応用できてしまうのである。例えば主婦が食材を買いに行くとき、もちろん単に道のりという数値的な要因で行く店を決定している主婦もいるのであろうがたいていは種類・値段・鮮度・立地といった様々な(単一単位でない)要素を考慮して、数店を評価した後、自分の選好に最も”近い”お店に行く、といった具合にである。

実はこの理論は「恋愛」にも応用できてしまうような気がする。
というのも誰かを”好き”という感覚は、そもそも”感覚”であり数値化できるものではない。だからこそ自分の理想といった選好に最も適合する人と(当然告白→OKの流れを経て)、恋人として付き合っていくのである。ここで大事なのは恋人はベストの選好であるということである。つまり仮に、今の恋人を脅かすような選好が浮上してくるとそこで”距離化”行われ、もしどこかでその”距離”が入れ替われば、即ちそれは好きな人が変わるということになる(当然ここでも成功するかは別にして)。

ここまで考えると、「なぜそんなに難しく考えるの?」とか「恋愛なんだから好きな人が変わるのは自然なことでしょ?」とか「また新たな好きな人が見つからないように愛せば良いんだよ!」とか色々な反論を受けることになるように思う。でも大事なのは今まで”それは感情の部分だから量れない”というのが定説であったことが、こうして”実は距離化できて、logicalに説明できてしまう”ということなのだ。

改めて思うのは僕の最初の恋が終わったときのことだ。あの時どこで彼女の僕に対する距離が、新しい彼との距離よりも遠くなってしまったのかは分からない。わからないということはやはり恋であり、そもそも理論モデルを適用することそれ自体が馬鹿げているのかも知れない。ただこうして思い返せば、やはり常に、前に転がるpositiveな人間であろうというなんとも大切な反省が顕在化されるのは”距離化モデル”の産物なのである。
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by yu-yama0520 | 2006-05-28 21:41 | essay

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